スタートアップの資金調達方法として、大きくエクイティ(出資)とデット(融資)による資金調達の仕方があります。
スタートアップでは、デットでの資金調達をエクイティでの資金調達と上手く組み合わせることによって、株式の希薄化(=経営権の希薄化)を抑えることができます。特に、創業直後では、企業評価額が低いためエクイティで大きく調達してしまった場合、株式の希薄化が顕著となり、次回資金調達する際や上場する際の足枷となってしまいます。そのため、起業する際にはデットでの資金調達の仕方を十分に理解しておくことが大切になってきます。
スタートアップが受けられる創業融資は大きく以下の2種類あります。
日本政策金融公庫の新創業融資制度
民間金融機関の保証協会付き融資
その中でも、日本政策金融公庫が行う新創業融資制度は多くの起業家が利用する融資制度です。
そこで今回は、創業融資の専門家である株式会社INQの代表取締役の若林さんに、新創業融資制度で重要視されるポイントや新創業融資制度以外に起業家におすすめの創業融資制度、エクイティとデットの組み合わせ方や、創業融資に関してよくある勘違いについて教えていただきました!
※記事内での金利等の条件はいずれも2022年6月2日時点のものです。
若林 哲平さん 株式会社INQ 代表取締役CEO 1980年東京都清瀬市生まれ、神奈川県相模原市出身。青山学院大学経営学部卒。株式会社INQ代表取締役CEO、行政書士法人INQ代表。 融資サポートを中心に、様々な領域のスタートアップのシード期の資金調達を支援。 年間130件超、10億以上の調達を支援するチームの統括責任者。行政書士/認定支援機関。 複数のスタートアップの社外CFOも務め、業界への理解が深く、デットだけでなくエクイティ両面の調達に明るく、対応がスムーズだとVCやエンジェル投資家からの信頼も厚い。 趣味はキャンプと音楽。4児の父。 Twitter : https://mobile.twitter.com/wakaba_office note : https://note.com/wkbx |
新創業融資制度とは?
新創業融資制度とは、日本政策金融公庫が新たに事業を始める方や創業まもない方に向けて行う融資制度です。
通常の融資とは異なり、無担保・無保証人かつ、代表者の連帯保証をつけることなく利用することが可能です。新創業融資制度は単体で利用する制度ではなく、日本政策金融公庫が実施する創業者向けの融資と組み合わて利用するオプションのような制度です。
日本政策金融公庫は、国が株主である政府系金融機関であり、起業を増やそうという国の方針に沿って、創業直後のリスクのあるスタートアップに対しても積極的に支援する傾向にあります。
新規創業の場合、以上の理由から日本政策金融公庫の新創業融資制度がおすすめです。
対象者
新創業融資制度を利用するには、以下の2つの要件を満たす必要があります。
①対象者の要件
新創業融資制度では、
新たに事業を始める方または事業開始後税務申告が2期未満の方が対象※1となります。
創業から2年ではなく、2期ということに注意しましょう。
※1 事業開始後税務申告が2期未満というのは、第2期の決算日までということであり、申請者が法人か個人かで事業開始後2期未満の意味は異なります。
申請者が法人の場合、法人を設立した日から最初の決算日までが第1期であり、そこから1年後までが事業開始後税務申告が2期未満ということになります。
個人の場合、決算日が12月31日とみなされるため、開業日から12月31日までが第1期となり、その翌年までが事業開始後税務申告が2期未満ということになります。
②自己資本の要件
新創業融資制度では、
「新たに事業を始める方、または事業開始後税務申告を1期終えていない方は、創業資金総額の10分の1以上の自己資金(事業に使用される予定の資金)を確認できる方」
が対象となります。
しかし、実際の融資審査においては融資希望金額の1/3~1/2の自己資金の準備があることが望ましいとされています。
なお、自己資本の要件には例外があり、「現在お勤めの企業と同じ業種の事業を始める方」、「産業競争力強化法に定める認定特定創業支援等事業を受けて事業を始める方」等に該当する場合、自己資本の要件を満たすものとされます。
詳しくは以下のリンクを参照ください。
融資限度額
新創業融資制度を利用した際、融資限度額は3,000万円、運転資金のみの場合は上限が1,500万円です。しかし、実際のところ支店で決済できる金額は1,000万円とされており、1,000万円以内が融資されるケースがほとんどです。
利率
利率は2022年6月2日現在で、
0.9%~3.0%
となっております。
返済期間
返済期間は新創業融資制度と組み合わせる融資制度によって異なります。日本政策金融公庫WEBサイトには、設備資金が20年以内(うち据置期間2年以内)、運転資金が7年以内(うち据置期間2年以内)と記載されておりますが、実際のところは、設備資金が10年以内、運転資金が7年以内、据置期間は1年以内となるケースが多数です。
代表者個人の連帯保証
新創業融資制度では、無担保・無保証人かつ、代表者個人が連帯保証を負うことなく融資を受けることができます。
代表者個人の連帯保証が不要ですので、代表者個人のリスクを軽減した形で融資を受けることができます。
審査期間
事案にもよりますが、審査期間としては、申し込みから約2週間で審査の結果が出ます。
融資(着金)までは申し込みから約3~4週間となります。
新創業融資制度のメリット・デメリット
メリット
新創業融資制度を利用するメリットには、以下の4つがあります。
①代表者の連帯保証がない
新創業融資制度では、新規創業融資を受ける上で1番のネックになってくる担保や第三者の保証人、そして代表者個人の連帯保証が不要です。
②株式の希薄化を抑えられる
創業期の企業価値が未だ高くない状態で多くの投資を受けると、株式の希薄化に繋がります。デットとエクイティによる資金調達をうまく組み合わせながら資金調達することで、株式の希薄化を抑えながら、バリュエーションの高い状態でエクイティでの資金調達を受けることができます。
③創業直後でも融資がおりやすい
日本政策金融公庫は政府系金融機関であり、起業を促進しようという国の方針に沿って、創業直後の起業家に対しても積極的に支援をしています。審査の通過率は5割程度とも言われています。
④融資までの期間が短い
新創業融資制度を用いると、申し込みから融資まで3~4週間程度となります。同じ創業者向けの融資である地方自治体の創業融資が融資までに1.5ヶ月程度、長いと2ヶ月前後かかるケースもあり、新創業融資制度の方が比較的早く融資を受けることができます。
デメリット
新創業融資制度を活用する際のデメリットは、実はありません。
他に新創業融資制度より大きい金額を借りられる可能性がある制度や、金利の低い制度は存在しますが、総合的に見て、新創業融資制度を使わない理由はありません。
評価されるポイント
新創業融資制度を含めた創業融資における評価について、若林さんによると、以下の3点を踏まえ総合的に評価されます。
・自己資金
・代表者の経験・属性
・事業計画
自己資金
自己資金に関しては、融資希望金額の1/3~1/2の自己資金が準備されていると評価が高いとされています。
そもそも自己資金が少ない人はどうしたら良いの?
日本政策金融公庫は、行き当たりばったりの起業ではなく、綿密に準備されてきた起業かどうかを、自己資金の蓄積状況や代表者の経験などから推測しています。
したがって、そもそも、自己資金を準備してから起業することが最も望ましい起業と言えます。
もしどうしても自己資金が少ない場合には、少ない元手で始められる事業(WEB等の開発受託やコンサルティングなど)で、販売型クラウドファンディング等で実績や手元資金を蓄積してから、融資申込をすることをお勧めします。
代表者の経験・属性
代表者の経験・属性については、2点大きく見られます。
・創業予定の事業に関する知識や技術をどのような過去の経験の中で培ってきたのか
・個人の信用情報
創業予定の事業に関する知識や技術をどのような過去の経験の中で培ってきたのか
創業融資では、代表者が創業予定の事業に関してどれくらい理解があるのかを測るため、代表者の創業予定の事業への経験年数が見られます。
事業に対して理解があると見なされる経験年数としては、新創業融資制度の「自己資金の要件を満たすものとする要件」として、「現在の企業に継続して6年以上お勤めの方」などがあるため、6年が日本政策金融公庫が考える経験年数の目安にはなり得ると推測されます。
もし職歴が6年未満の経験が少ない方が起業する場合、起業してからの実績で判断してもらうしかありません。例えば、経験がなくても起業後6ヶ月前後のまとまった売上実績があり、事業継続に必要な顧客獲得ができていることが示せる等が挙げられます。
個人の信用情報
日本政策金融公庫の融資審査においては、申込書に記載の代表者の個人信用情報を確認します。過去に借入返済やクレジットカードの支払いの大幅な遅れ(3ヶ月以上)などがあった場合には、融資審査に大きく影響してしまう可能性があります。
事業計画
事業計画に関しては、金融機関で実際に融資する人の立場に立って考えることが大切です。金融機関はVCとは異なり、確実に売上が出やすいビジネスを好む傾向にあります。そのため、早期から売上が立つ堅実な計画を提出するほうが融資は通りやすいとされています。
融資までの流れ
新創業融資制度を行っている日本政策金融公庫 国民生活事業の融資までの流れは以下のようになります。
①申し込み
日本政策金融公庫のインターネット申込フォームより、申込データを送信します。
必要書類を送信後、日本政策金融公庫担当者より面談日時等の連絡があります。
②面談
担当者と面談(申し込みから1週間以内に行われます。)
③創業予定地の確認
創業予定の店舗や事務所を担当者が確認します。
④審査結果のお知らせ
面談から2週間程度で審査結果がわかります。
⑤契約
⑥融資金を指定の銀行口座へ返金
⑦ご返済
原則として、月賦払いです。毎月指定の銀行口座から自動で引き落とされます。
申し込みから融資まで3〜4週間程度で行われます。
創業計画書
創業計画書では、以下の内容を記入する必要があります。
創業の動機
経営者の略歴等
取扱商品・サービス
取引先・取引関係等
従業員
お借入の状況
必要な資金と調達方法
事業の見通し(月平均)
創業計画書に関しては、こちらからダウンロードしていただけます。
また、創業計画書作成のポイントに関しては以下の記事にまとめられているので、詳しく理解したい方は、ぜひご一読ください。
【融資担当者に取材】審査を有利に運ぶ創業計画書の書き方とポイント
面談
面談では、主に以下の5つのことが聞かれます。
・創業の動機、略歴
・商品・サービスの内容、特徴
・販売先(ターゲット)、店舗等の立地条件
・資金計画の実現性
・収支予測の妥当性
創業計画書に書ききれなかったポジティブな情報を余すことなく伝えることが大事です。
ポジティブな情報としては、
・VCからの出資を受けたこと(既に第三者から評価を受けている証明になる)
・補助金を受けることが決まっている(返済原資が少なくとも補助金分は確保できる)
・大きな受注を受けている(売上が立つ見通しがある)
などが挙げられます。
また、金融機関ではスタートアップだけでなく、飲食店や美容室など中小企業への融資も行っており、その業種も多岐に渡ります。しかし、担当者が必ずしも新規性の高いスタートアップのビジネスモデルや自社の事業領域に詳しいとは限りません。
そのため、面談では専門用語の多用は控え、相手に伝わりやすい平易な言葉に言い換える方が良いでしょう。
日本政策金融公庫の面談の詳しいポイントに関してはこちらの記事にまとめられているので、詳しく知りたい方はぜひご一読ください。
日本政策金融公庫の面談のポイントを3人の融資担当者に徹底取材!
新創業融資制度以外の起業家向けの融資制度
創業初期でのデットでの資金調達は、日本政策金融公庫の新創業融資制度が最有力の融資制度ですが、新創業融資制度以外にも起業家向けの融資制度がいくつかあります。
(図の提供:株式会社INQ)
保証協会付き融資(無担保・無保証の場合)
マル経融資
女性・若者・シニア創業サポート事業(東京都)
きらぼし銀行創業サポートローン(東京・神奈川・千葉の一部)
資本性ローン
資本ローンは通常の融資と異なる点が多くあります。
特に返済、金利、貸借対照表上の位置付けが大きく異なります。以下の比較表に、資本性ローンと通常の融資の違いがまとめられています。
※2 借入金ではなく、自己資本としてみなせる額は次のとおりです。
償還期限まで、5年以上有する債務については、残高の100%をみなし自己資本とします。
残存期間が5年未満となった債務については、1年ごとに20%ずつみなし自己資本の割合が逓減します。
※3 利率に関しては、業績に応じて変動します。当期純利益額が赤字の場合には金利が低く設定されており、黒字の場合は、他の融資制度より高く設定されています。
※上記の金利等の条件はいずれも2022年6月2日時点のものです。
デットとエクイティの組み合わせ方
デットとエクイティをうまく組み合わせることで、スタートアップは、
・より好条件で資金調達ができる
・株式の希薄化(経営権の希薄化)を抑えられる
など、様々なメリットを受けることができます。
そこで、若林さんにデットとエクイティの組み合わせ方やタイミングについて質問したところ、以下の2つの視点でタイミングを見極めるのが良いというアドバイスをいただきました。
・視点1:ビジネスモデル
・視点2:経験、自己資金(そもそも創業融資を受けられるのか)
視点1:ビジネスモデル
早期のタイミングで融資を受けるべきか受けるべきではないかという1つの判断材料として、ビジネスモデルが挙げられます。
デットとの相性が良いビジネスモデル
早期のタイミングでデットとの相性が良いビジネスモデルとしては、比較的早期の段階から売上が立ちやすい、
・BtoB
・DtoC
・SaaS
などの事業が挙げられます。
これらの事業は比較的融資を受けやすいため、積極的に創業融資の活用を検討しましょう。
特にBtoBのSaaSプロダクトを展開するにあたり、顧客に対してコンサルティングを提供しながら、コンサルティングを通じて得たインサイトをプロダクトに注入していくようなプロセスは、開発フェーズ前後でも売上も立つため、融資との相性がいいアプローチです。
株式の希薄化を抑えられるほか、エクイティで調達する前に、デットで調達した資金を使って事業を成長させることで、より自社に有利な条件での資金調達につなげるという活用方法もあります。
デットとの相性がよくないビジネスモデル
デットとの相性がよくないビジネスモデルとしては、売上が出るまでに時間のかかる、
・CtoC, BtoC
・メディア
・SNS・マッチングサービス
などの事業が挙げられます。
このような事業では、早期から売上を立てるのが難しく、その分融資を受けるハードルも高くなります。
最初からデットでの資金調達を試みるよりも、エクイティで資金調達をし、成長後にデットで資金調達を行う方法がおすすめです。
経験、自己資金による視点(そもそも創業融資を受けられるのか)
早期のタイミングで融資を受けるべきか受けるべきではないかという1つの判断材料として、経験、自己資金によりそもそも創業融資を受けることができるのかが挙げられます。
学生などまだ若く経験が乏しく、また自己資金も少ない状況だと、融資を受けるのはかなりハードルが高いです。デットでの資金調達に注力したが、否決となってしまった場合、本来事業の成長に割くべき創業者の時間を多く浪費してしまうことにつながります。
そのため、経験や自己資金が不足しており、融資を受けられる確率が低い場合には、エクイティでの資金調達に割り切って注力するという考え方をおすすめします。
スタートアップが融資を受けやすいタイミング
また、若林さんからスタートアップが融資を受けるべきタイミングについても教えていただきました。
「スタートアップとして急成長を目指す場合には、エクイティで資金調達をするしないに関係なく、借りやすいときに借りられるだけ借りるのが好ましい」というアドバイスをいただきました。
具体的に借りやすいタイミングとしては、以下のタイミングが挙げられます。
よくある間違い
スタートアップの起業家が創業融資を受ける上で陥りやすい間違いについて、若林さんにお聞きしました。
VCと同じプレゼンをしてしまう
起業家がよく陥ってしまう間違いとして、VCに対するプレゼンと融資を行う金融機関に対するプレゼンを同じようにしてしまうことがあります。
出資を行うVCと、融資を行う金融機関では、企業の評価の仕方が異なります。
スタートアップの多くが資金調達をする際にお世話になるVCは、出資により株式を得て、その会社が成長した際のキャピタルゲインが収益です。そのため、企業の評価の基準は成長性であり、未来視点で企業を評価します。
その一方で、金融機関は融資の金利が収益です。融資している会社100社のうち1社でも返済が滞ってしまうと、大きなダメージを受けてしまいます。そのため、金融機関はどれだけその会社が確実に返済をしてくれるのか、返済能力がちゃんとあるのかが企業の評価基準となっており、返済能力などは過去の経験や実績をベースに判断します。
このような背景があるため、ビジネスモデルとしては、「小さく生んで、大きく育てる」ビジネスを好んでいる傾向があります。
面談等では企業の将来性よりも確実性やこれまでの実績を強調する方が好ましいです。
融資の失敗は取り返すのが大変。だから慎重に!
起業家マインドでまずはやってみよう、早いことが正義というような価値観が起業家の方には根付いていると思うのですが、融資に関しては慎重に準備をしてから臨みましょう。
融資は、出資と異なり、一度否決という結果になってしまうと、そこからのリカバリーが大変です。一度否決となったという記録が残ってしまうため、最初に0ベースで取り組むよりも、遥かにハードルがあがります。
「創業融資のサポートを行う側としても、一度否決となってから支援を行うよりも0ベースから支援を行うほうが支援できる幅が広がる。」と創業融資のサポートを行う若林さんもおっしゃっていました。
そのため、申し込みをする際には、その前に専門家に一度相談することをおすすめします。
まとめ
本記事では、日本政策金融公庫が実施する融資制度「新創業融資制度」を紹介しました。無担保・無保証人かつ、代表者の連帯保証をつけることなく利用できるため、創業者に有利な条件で融資を受けることができます。出資による資金調達だけでなく、融資による資金調達も掛け合わせて利用することで、より良い資本政策を行いましょう。
なお、本記事は国内最大級の起業家・投資家・事業会社のマッチングサービス「スタートアップリスト(Startup List)」が提供しております。資金調達や事業連携先をみつけたいスタートアップはぜひご活用ください。
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